宇宙言語シリーズ5 SFゲーム・漫画の中の宇宙言語〜『Chants of Sennaar』から『ヘテロゲニア リンギスティコ』まで

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イントロ SFゲーム・漫画における「ガチ言語」の出現

前回までの記事では、SF映画やSF小説における宇宙言語を中心に紹介してきましたが、翻ってSFゲームや漫画の世界では、宇宙言語は「雰囲気づくりの一環」として扱われることが多かったように思います。意味は分からなくても「異世界っぽい」「未知の文明っぽい」と感じられれば十分、という扱いです。

しかし、近年のSFゲームや漫画の中には、言語そのものを体験の中心に据え、「言葉が分かること」「分からないこと」そのものをテーマとして描く作品が増えてきました。この「ガチ言語」的なゲームや漫画において、言語は単なる装飾ではなく、世界を理解するための手段であり、ときには対立や誤解を生む原因としても機能します。

私たちは日常生活の中で、言葉が通じることをあまりにも当たり前の前提として生きています。本を読めること、ゲームのルールを理解できること、誰かの意図をくみ取れること。そのすべては「意味が共有されている」という前提の上に成り立っていますが、その前提が揺らぐ場面を意識することはほとんどありません。

だからこそ、意味の分からない文字や言葉を前に立たされ、試行錯誤しながら少しずつ理解に近づいていく体験には、独特の手触りがあります。

この記事では、言語を重要なテーマとして扱う作品として、「考古学的に失われた言語を読み解くゲーム」「未知の言語を解読することが、世界を救うことになるゲーム」「プレイヤーと一緒に新しい言語を創造するボードゲーム」」「異種族の言葉を探求する過程を描く冒険漫画」といった例を、一作ずつ紹介していきます。

Heaven’s Vault —— 古代言語を解読するSF考古学アドベンチャー

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Heaven’s Vault は、古代語の翻訳という行為そのものをゲーム体験の中心に据えた、非常にユニークなSFアドベンチャーです。プレイヤーは、考古学者であり言語学者でもある主人公アリヤ・エラスラとなり、失われた文明の遺物や碑文に刻まれた未知の言語を解読しながら、宇宙各地を旅していきます。

このゲームにおける翻訳作業には、一般的なパズルゲームのような「正解」や「失敗」はありません。古代文字を構成する単語ごとに、いくつかの意味候補が提示され、文脈や知識を手がかりに「もっともありそうな訳」を選んでいくだけです。その選択が即座に評価されることはなく、物語は淡々と先へ進んでいきます。

しかし、探索を続けるうちに、新たな遺物や文章が見つかり、過去に下した翻訳を見直したくなる場面が何度も訪れます。単語の意味は固定されたものではなく、文脈や歴史的背景によって揺れ動きます。プレイヤーは、断片的な証拠を積み重ねながら、古代言語の文法や思想、さらにはその言語を使っていた文明そのものの姿を、少しずつ推測していくことになります。

こうした翻訳システムは非常にシンプルでありながら洗練されており、学術研究のプロセス――仮説を立て、検証し、必要であれば修正する――を見事にゲームとして表現しています。本作を開発した Inkle Studios は、『80 Days』などでも知られるナラティブ主導型ゲームの名手ですが、その強みが本作でも存分に発揮されています。

物語面でも、Heaven’s Vault は独特の静けさと神秘性をまとっています。舞台となるのは Nebula と呼ばれる宙域で、主人公アリヤは相棒のロボット「シックス」とともに、気流を利用して航行する不思議な船に乗り、辺境のコロニーや遺跡を巡ります。いわゆる「遺跡を暴いて財宝を持ち帰る」タイプの考古学ではなく、過去の文明を理解し、その歴史に耳を傾ける姿勢が一貫して描かれている点が印象的です。

特に興味深いのが、本作に用意された年表システムです。数万年にわたる文明史と、主人公アリヤ個人の人生の出来事が、同じ時間軸の上に並べて表示されます。ある帝国の興亡と、アリヤ自身の個人的な記憶が並列に記されることで、「歴史とは過去の出来事ではなく、現在の自分の立ち位置を知るためのものだ」という感覚が自然に浮かび上がってきます。

Heaven’s Vault における言語の解読は、未知の世界を知る手段であると同時に、自分自身がどこに立っているのかを問い直す行為でもあります。言語を読むことが、そのまま歴史を読み、現在を理解することにつながっていく。その視野の広さこそが、本作の最大の魅力と言えるでしょう。

なお、本作は日本語未対応であるにもかかわらず高い評価を受け続けており、2023年には本編ストーリーを再構築した小説版も電子書籍としてリリースされています。物語性と思想性の両面から、今なお日本語ローカライズが望まれている一本です。

Chants of Sennaar —— 未知の言語の解読が世界を救う

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Chants of Sennaar は、未知の言語を解読することを通して、コミュニケーションそのものの価値を体験させてくれるパズルアドベンチャーです。モチーフとなっているのは「バベルの塔」。言葉が分断された世界で、プレイヤーは塔を登りながら、互いに通じ合えなくなった人々の言語を読み解いていきます。

本作の特徴は、言語の解読が純粋にゲームプレイの中心に据えられている点です。プレイヤーは石碑や標識、人物同士の会話を観察しながら、未知の文字がどのような意味を持つのかを推測していきます。最初は何ひとつ分からず、機械の操作方法すら理解できません。しかし、繰り返し世界を歩き回るうちに、「この単語は挨拶だろうか」「この記号は命令を表しているのではないか」と、少しずつ仮説が立ち上がってきます。

推測した単語はノートに書き込み、正しい対応関係がそろうと、正式な意味が開示されます。この仕組みは非常に親切で、直感的です。言語解読と聞くと難解な印象を受けがちですが、本作では勘や偶然でも前に進める余地があり、専門知識がなくても最後まで遊び切れる設計になっています。その一方で、初期の思い込みが後々まで影響し、誤った理解に引きずられることもあり、そこに適度な思考の深さが生まれています。

また、Chants of Sennaar では、ひとつの言語だけでなく、複数の異なる言語体系が登場します。単に文字が違うだけでなく、語順や複数形の扱いなど、言語ごとに基本的な構造が異なっている点が印象的です。複雑すぎず、それでいて「別の言語を学んでいる」という実感がしっかりと残るバランスが保たれています。架空言語を丁寧に設計するという点では、トールキン的な伝統を、ゲームという形でうまく噛み砕いた作品と言えるでしょう。

しかし、このゲームの核心は、単語の意味を解読すること自体ではありません。物語が進むと、プレイヤーは単なる解読者ではなく、「通訳者」としての役割を担うことになります。互いに言葉が通じないことで誤解や対立が生まれている人々の間に立ち、意味をつなぎ直すことで、世界そのものに変化が起こり始めます。

この変化は派手な演出で強調されるわけではありません。セリフが増えるわけでもなく、説明的なテキストが挿入されることもありません。それでも、以前は閉ざされていた場所が開かれ、人々の振る舞いが変わり、空間の空気がやわらいでいく。その様子を目にしたとき、「言葉が通じるようになった」という事実が、非常に静かで、しかし確かな手応えとして伝わってきます。

Chants of Sennaar が描いているのは、「言語とは何か」という抽象的な問いではなく、「言葉が通じることで、世界はどう変わるのか」という、きわめて具体的な体験です。意味が分かるからこそ、相手の意図が理解できる。理解できるからこそ、対立以外の選択肢が見えてくる。その一連の流れを、プレイヤー自身の行為として体験させてくれる点に、この作品の強さがあります。

グラフィックや音楽の完成度も高く、塔の各階層は色彩や構図の面でも強い印象を残しますが、それらは決して表層的な魅力にとどまりません。美しい世界を歩きながら、言葉を介して他者とつながる感覚を取り戻していく。その体験そのものが、このゲームの物語になっています。

Chants of Sennaar は、言語を「情報伝達の手段」としてではなく、「世界を結び直すための技術」として描いた作品です。遊び終えたあと、普段あまり意識することのない「言葉が通じる」という前提が、少しだけ違って見えてくる。そんな余韻を残してくれる一本です。

エスペライゼーション —— 言語を創造するボードゲーム

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エスペライゼーション は、これまで紹介してきた作品とは少し立ち位置の異なるゲームです。

このゲームは「協力型ボードゲーム」で、プレイヤーたちは最初に、たった15語だけを共有した状態からスタートします。その15語以外の言葉は存在せず、新しい概念を表現したければ、自分たちで言葉を生み出し、意味を共有しなければなりません。

ゲームの進行は世代制になっており、各世代ごとにカードを1枚引き、そこに書かれた概念を「新言語だけを使って」他のプレイヤーに伝えます。最初のうちはジェスチャーが許可されますが、世代が進むにつれて制限は厳しくなり、やがて身振り手振りすら使えなくなります。残るのは、それまでに蓄積してきた語彙と、その使い方だけです。

ここで起きる現象が、このゲームの核心です。限られた語彙で複雑な事柄を伝えようとする中で、プレイヤーたちは自然と語の組み合わせを工夫し、意味の幅を広げ、擬似的な文法や言い回しを作り始めます。誰かが「これはこういう意味で使おう」と明示的に決めなくても、会話の積み重ねの中で、言語が勝手に育っていくのです。

これは、言語を「設計する」ゲームではありません。むしろ、使わざるを得ない状況に追い込まれることで、言語が発生してしまう過程を体験するゲームだと言えます。

また、本作では回答回数に制限があり、失敗が続くとゲームオーバーになります。この制約が、言語の不完全さや危うさを強く印象づけます。うまく伝わらないこと、誤解が生じること、共通理解が崩れること。言語は決して万能な道具ではなく、常に不安定な合意の上に成り立っているのだという感覚が、プレイを通して共有されます。

エスペライゼーションというタイトルが示す通り、本作はエスペラント語に代表される「共通語」思想と深く響き合っています。ただし、ここで描かれるのは理想的な統一言語ではありません。むしろ、言語が生まれる過程の混乱や不完全さ、その場限りの合意の積み重ねこそが強調されています。

Heaven’s Vault が言語を通して過去を読み、Chants of Sennaar が言語によって他者を結び直す物語だとすれば、エスペライゼーションは、そもそも言語とはどのように立ち上がるのかを体感させる作品です。

「言葉が通じる」という前提そのものを、一度解体してみたい人にとって、これ以上ない実験場と言えるでしょう。

ヘテロゲニア・リンギスティコ —— 異種族の言葉を解明する、魔界フィールドワーク漫画

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ヘテロゲニア・リンギスティコ は、新人言語学者ハカバが、魔界に住むさまざまな異種族と交流しながら、彼らの言語や文化を調査していく漫画です。ジャンルとしては「モンスター研究コメディ」とされていますが、実際に読んでみると、かなり本格的に“異種族とのコミュニケーション”を描いています。

物語の舞台となる魔界には、とにかく多様な生物が登場します。たとえば、人間とワーウルフのハーフであるススキをはじめ、完全な鳥類の姿をしたハーピー、頭部が猛禽類の四足獣グリフォン、全身がタコそのもののクラーケン、さらにはおなじみのスライムまで。ファンタジー作品ではよく見かける種族ですが、本作では「見た目が違うモンスター」としてではなく、「それぞれ異なるコミュニケーション様式を持った存在」として描かれています。

面白いのは、彼らが必ずしも人間と同じように「言葉」を使って意思疎通しているわけではない点です。音、身振り、体温、匂い、リズム、沈黙など、種族によって重視する情報がまったく異なります。そのため、ハカバは単に翻訳作業をするのではなく、「この種族は、そもそも何を情報としてやり取りしているのか?」というところから考え直さなければなりません。

本作が楽しいのは、異種族が基本的に“悪者”として描かれない点です。トラブルは起きますが、その多くは敵意ではなく、単なる誤解や文化の違いによるものです。ハカバが調査を進めるにつれて、「最初は怖そうだった相手が、実はものすごく律儀だった」「乱暴に見えた行動に、ちゃんとした理由があった」といった発見が積み重なっていきます。

そして、そのフィールドワークを読者目線で支えてくれるのがススキの存在です。彼女はワーウルフと人間のハーフという立場から、どちらの文化にも完全には属していません。そのため、ハカバが戸惑う場面では実践的な助言を与え、逆に彼女自身が異種族として扱われる場面も描かれます。調査の案内役であると同時に、「異なる立場をつなぐ存在」として物語に自然に溶け込んでいます。

ヘテロゲニア・リンギスティコは、難しい理屈を前面に出す作品ではありません。毎話ごとに登場する異種族と、その独特な言語・文化に触れながら、「なるほど、こういう考え方もあるのか」と楽しめる構成になっています。ファンタジー世界を旅しながら、異文化コミュニケーションの面白さを体感できる、非常に読み心地のいい一作です。

おわりに

いかがでしたでしょうか。今回ご紹介した4作品を通じて、SFゲームやSF漫画においても、「ガチ宇宙言語」が登場してきている様子が伝わったのではないかと思います。ゲームだからこそむしろ、受け身の小説や映画と違って、言語の本質に体験を通して近づくことができるのが、今回ご紹介した作品の特徴でもあります。

言語は万能ではありません。誤解は生まれるし、翻訳は常に不完全です。それでも、人は言葉を作り、読み、つなぎ、研究し続けてきました。今回紹介した作品群は、その営みそのものを、ゲームや漫画という形で体験させてくれます。

もし「言葉が通じる」という前提を、ほんの少しだけ揺さぶってみたくなったなら、あるいは、異文化や他者を理解するとはどういうことなのかを、頭ではなく体験として考えてみたくなったなら。ここで紹介した作品たちは、そのきっかけとして、とても優れた入り口になってくれるはずです。

このような「異言語体験」は、SFやファンタジーの中だけの話ではありません。私たち自身が日々生きている世界も、異質な知性との出会いで満ち溢れています。身近なところにある「異星人」との出会いを、発見してみましょう。

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