宇宙理論シリーズ2 アインシュタインの二つの過ちと、ダークエネルギーの歴史

ダークエネルギーとは何か?

最先端の宇宙物理について調べると、「ダークエネルギー」や「ダークマター」といった怪しげな言葉に何度も遭遇することになります。どちらも「仮説上」の存在とされており、実際に観測されたわけではないにもかかわらず、ダークエネルギーは宇宙の構成物のうち約7割、ダークマターは宇宙の約25%を占めるということになっています。この怪しげな物体の正体は一体なんなのでしょうか?
中世の哲学者パスカルは、無限に広がる宇宙空間への畏怖の念から「この無限の空間の永遠の沈黙は私を恐れさせる」と述べました。宇宙物理の進歩によって、宇宙が「無限」ではなく「有限」であることが判明してからも、今度は「ダークエネルギー」という暗黒が物理学者の前に大きな神秘として現れてきていると言えます。
今回の記事では、この謎に満ちた「ダークエネルギー」をキーワードに、科学革命の旗手であるアインシュタインが犯した「二つの過ち」と、観測によってそれを乗り越えてきた現代物理学の歩みを辿っていきます。

ニュートンが開拓し、ラプラスが完成させた「古典的宇宙像」

近代科学の祖はニュートンだと言われますが、中世の末期とも言える時代を生きたニュートンが描いていた宇宙像は、見事な数学理論に昇華されていながらも、「最後の錬金術師」の異名にふさわしい、神の摂理に裏付けられた神秘的な世界観でした。
彼の霊的な直感に溢れた「重力」によって統一的に記述される世界像の探求の営みを、現代の我々がイメージするような「科学」として神学や自然哲学から分離させたのは、18世紀フランスで活躍した天体物理学者のラプラスであり、その仲間の啓蒙主義者たちでした。ラプラスは、「ラプラスの悪魔」という思考実験で知られるように、宇宙は自律的に動く機械であり、全てが客観的な物理法則によって厳密に決定されていると考えました。この「静的」で「決定論的」な宇宙像は、後のアインシュタインに至るまで長い間人類に固定観念として定着することになります。

宇宙を無限から有限にしたアインシュタインの「科学革命」と、彼の二つの過ち

アインシュタインとも仲が良かった20世紀の科学哲学者のトマス・クーンは、著書『科学革命の構造』でその名を知られています。彼の提唱した科学の発見における「パラダイム・シフト」とは、まさにニュートンが切り開き、ラプラスが完成させた古典的な宇宙像から、アインシュタインの発明した相対論的な宇宙像へのシフトを指す言葉だったといって過言ではないでしょう。
中世末期を生きたニュートンにとって、パスカルと同様、宇宙は無限に広がる空間として映っていましたが、「科学革命」の旗手であるアインシュタインにとっては、宇宙は高次元でありながら有限の時空間でした。しかしその彼であっても、ラプラス以来の思想的伝統である「決定論的」で「静的」な宇宙像からは簡単に脱することができなかったと言えます。そしてその両者は、「ダークエネルギー」というものが持つ性質と深く関係していました。

「ダークエネルギー」の正体は、方程式についた「補正項」

アインシュタインが1916年にかの有名な「アインシュタイン方程式」を書き下した時、ざっくり言うとその方程式は以下のような形をしていました。

(時空の歪み)=(時空に存在する物質のエネルギーと運動量)

この式は皆さんもお馴染み、「物質が存在する場所ではその質量に応じて時空間が歪む」という幾何学的な事実を表しています。この一行の方程式によって、宇宙は有限でありながら境界を持たない「四次元時空」として解釈され、中世以来の「無限の宇宙」という世界観が崩れ去りました。これは、かつて中世において二次元の平面として描かれていた地球が、実際には三次元の球体であったのと同じくらいのインパクトのある発見だったと言えます。
ところがアインシュタインは、宇宙が有限でありながら、「静的なもの」、つまり永久不変のものであるという信念を持っていた意味で、いまだに古典的な宇宙像を脱しきっていませんでした。方程式を発表した翌年の1917年に、彼はこの方程式では「宇宙が永久不変ではない」という重大な結果が導かれることに気づいてしまい、自身の信念に基づいて宇宙の膨張を食い止めるための「補正項」を付け加えます。

(時空の歪み)+(宇宙項)=(時空に存在する物質のエネルギーと運動量)

放っておいたら膨張してしまう(時空の歪み)の項に対して、マイナスの値を持つ宇宙定数を掛け算した(宇宙項)を足し算して相殺することで理論上の宇宙の膨張は阻止されます。アインシュタインの描いていた「不変の宇宙」に対する信念は守られました。

マイナスからゼロ、そしてプラスへ…宇宙定数の毀誉褒貶の歴史

ところがその5年後の1922年、アレクサンドル・フリードマンというロシアの物理学者がアインシュタイン方程式を解き、そこに「宇宙は不変ではない」と言う証拠を3つも見つけてしまったことを発表しました。さらには1927年にジョルジュ・ルメートル、1929年にエドウィン・ハッブルが相次いで「赤方偏移」という現象の説明によって宇宙の膨張を示唆しました。このことにより、「宇宙項」の値はゼロになり、宇宙は風船のように膨張し続けていることが明らかになりました。このことを受け、アインシュタインは自身が導入した「宇宙項」を「人生最大の過ち」と述べ、宇宙が膨張していることを認めざるをえませんでした。
1960年代に入って「宇宙背景放射」が観測されると、宇宙の膨張を逆再生して遡った先にある「誕生直後の宇宙」という概念が理論的に実証され、「ビッグバン理論」が誕生することになります。
1990年代に入ると、今度は遠方の銀河における超新星の観測結果によって、アインシュタインの「宇宙項」は復活することになります。しかし、当初の想定であるマイナスの値とは逆に、実際には「宇宙の膨張を加速させる」プラスの方向に働いていたことが明らかになりました。つまり、宇宙は単に膨張しているだけではなく、加速度的に膨張しているのです。この観測結果を発表したマイケル・ターナーは、宇宙を膨張させている不可視のエネルギーのことを、「ダークエネルギー」と呼び、そのネーミングを普及させました。
こうして、アインシュタインを生涯にわたって悩ませ続けた「宇宙項」というミステリーは、「ダークエネルギー」という名前に変わって物理学者の道具箱に加わることになったのです。

ノーベル物理学賞受賞の天才ペンローズが唱える「宇宙の輪廻」

現代では科学的常識ともなっているビッグバン宇宙論は、「光あれ」から始まる聖書的な宇宙像とも相性がよく、キリスト教的世界からの圧倒的な支持を受けていると言えますが、それに異を唱えている物理学者たちが存在することも忘れてはならないでしょう。
その一人が、特異点定理の発見によってノーベル物理学賞を受賞したイギリスの理論物理学者であるサー・ロジャー・ペンローズです。彼の提唱する「共形サイクリック宇宙論」によると、宇宙はビッグバンによって始まったのではなく、無限の周期でビッグバンから始まってビッグクランチで終わる周期を繰り返しています。このペンローズ氏の「宇宙の輪廻」とも言える独自の宇宙モデルは、1930年にアインシュタインが発表した「振動宇宙論」に近い発想であり、東洋的な輪廻思想の片鱗をも感じさせます。
アインシュタインが重力方程式を発見してから百年にも満たない期間の間に、マイナスからゼロへ、そしてプラスへと変化した宇宙定数と、それに伴う宇宙像の変遷を思うと、これから先の発見によってどんな宇宙像の変更があっても不思議ではないように思えます。

アインシュタインの二つ目の過ち:「神はサイコロを振らない」

アインシュタインが犯した一つ目の過ちは「負の宇宙項の導入」でしたが、もう一つは「神はサイコロを振らない」という言葉で知られる、「量子力学の確率的解釈への批判」でした。アインシュタイン自身が光電効果の発見によって量子力学の初期の発展に大きな貢献をしたにもかかわらず、1920年代に確立された、「量子現象は確率的である」というコペンハーゲン解釈を彼は拒絶しました。しかし、後に「ベルの不等式」や量子もつれの実証実験を経て、コペンハーゲン解釈は一般的に受け入れられることになります。

実際には、量子力学的な不確定性と、ダークエネルギーは密接に関係しています。なぜなら、量子力学的効果によって生まれる「真空の揺らぎ」こそが、ダークエネルギーの正体の最有力候補だからです。両者をめぐる関係は、量子力学と相対論的重力の理論を統一する「量子重力理論」が完成していないがゆえに不透明であり、「ダークエネルギー」がダークな謎であり続ける理由もそこにあります。

アインシュタインを最後まで悩ませ続けた謎とも言える「ダークエネルギー」。それは静的で決定論的な宇宙像を拒み、人間の認識を超えるダイナミックな宇宙のあり方への想像力の扉を開く鍵でもありました。

次回の記事では、「ダークエネルギー」と並んで有名な「ダークマター」について、その正体を解明していきます。お楽しみに!