【しゅたいんの”SF小説の書評コラム”】万物理論(グレッグ・イーガン)あらすじと感想

概要

タイトル:万物理論
著者:グレッグ・イーガン
出版社 : 創元SF文庫
発売日:2004年10月

テーマとあらすじ

万物理論」という言葉を聞いたことがありますか?

現代物理学は、宇宙で起こる物理現象の一切を統一的に説明できる理論を探し求めています。それが「万物理論」であり、「大統一理論」です。ところが現実には、マクロの世界を支配する「相対論」、ミクロの世界を支配する「場の量子論」、この二つを統一することがなかなかできないために、「大統一理論」は困難に直面しています。

 

さて、現代ハードSFの奇才・イーガンが描く「万物理論」とは一体どのようなものなのでしょうか。

本作の主人公アンドルー・ワースは、「映像ジャーナリスト」。科学ジャーナリストとドキュメンタリー映画の監督をミックスしたような職業です。自分の眼球に埋め込んだカメラで撮影した映像を、へその緒から生やしたケーブルでパソコンに接続して自由自在に編集する、そんな近未来の社会で物語は展開します。

バイオテクノロジーの発達により性転換技術も大幅に進歩し、「男」「女」の他にも様々な性別が出現、これらの人々は「汎」というくくりで呼ばれて一定の社会的地位を獲得しています。

 

そんなある日、ヴァイオレット・モサラという天才物理学者が遂に「万物理論」を発見したと世間に公表し、詳細を学術会議で発表する予定だというニュースが流れます。

科学ジャーナリストのアンドルーは自ら志願して取材に行きますが、そこで「万物理論」をめぐる陰謀の渦に巻き込まれていきます。

 

哲学から倫理学、政治学など様々な学術分野からの知見のオンパレードといってもよい本作ですが、やはり中心となっているのはタイトルの「万物理論」です。

物理学者たちは純粋に科学的な立場からこの宇宙の仕組みを解明しようとしますが、それはある面において、宇宙の成り立ちと人間が生きる理由に対する説明を与える「宗教」と切り離せないテーマでもあります。

本作のプロットにおいては「無知カルト」や「人間宇宙論者」という宗教団体めいたグループが大きな役割を担いますが、それは万物理論が担うこの「神話」としての側面によるのでしょう。ネタバレは極力避けますが、イーガンが結論として持ってくる「万物理論」の中心には、「人間」がいます。

世界を認識する人間、世界に対して説明を与える人間の意識無くしてこの宇宙は存在しない、という衝撃的な主張が最終ページで読者を待ち受ける結論です。

感想

現代において最も有力な「万物理論」の候補は、「超ひも理論」の名前で知られます。抽象数学を駆使した難解な体系ですが、そこでは宇宙を構成する最小要素として一次元の「ひも」が仮定されており、少なくとも「人間」はどこにも出てきません。

ところが、「自由意志」の問題をはじめとする哲学的テーマを無視したところに、果たして本当に「万物理論」が成り立ちうるのでしょうか? イーガンの展開する「人間宇宙論」の背後には、現代科学に突きつけられたこのような問いかけがあるように感じられます。

>>万物理論

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