マイクロソフト、Azureを通じて宇宙事業の存在感を拡大
マイクロソフトは、クラウドサービスのAzureを通じて宇宙関連事業への参加を加速している。9月17日、マイクロソフトと米衛星事業者のボール・エアロスペースは米空軍の衛星コンステレーション実証契約を受託したと発表した。
米空軍の宇宙ミサイルシステムセンターによるCommercially Augmented Space Inter Networked Operations(CASINO:カジノ)プロジェクトと呼ばれる実証実験では、ボール・エアロスペースが持つフェイズドアレイアンテナの技術、衛星画像の解析技術を使い、小型衛星コンステレーションのデータをAzureへ直接ダウンリンクする。
マイクロソフトのブログによれば、低軌道衛星コンステレーションでは、衛星の大量のデータを軌道上または地上で高速に処理する必要がある。CASINOプロジェクトでは、ダウンリンクした衛星データをダイレクトにクラウドへ流し込むシステムを構築する。具体的にはマイクロソフトの持つデータセンターの屋上にフェイズドアレイアンテナを設置する。フェイズドアレイアンテナンは接地面積が2平方メートル程度といい、後付での設置がしやすい。低軌道衛星から受信したデータを、データセンターを通して直接Azureに流し込むことができる。
Azure上では、ボール・エアロスペースの持つアルゴリズムを使って、20機までの衛星のデータを処理することができる。空軍はAzure上のデータからどれでもミッションに合ったデータを利用できる。Azureには、政府機関向けのセキュリティ要件とコンプライアンスに適合するAzure Governmentというサービスがあり、Azure Governmentを利用することで、空軍が使用するデータを扱う場合でもITARなどのコンプライアンス要求基準を満たすことができるという。他にも気象データやレーダー網のデータといった機微なデータをAzure上で重ね合わせることが可能になる。
さらに、Azure Machine LearningやAzure AIといった機能を利用してさまざまな複数の衛星データを重ね合わせてモデルを作ったり、マイクロソフトの持つグローバル光ファイバー網を通じて世界の他地域に配信したりといったことも可能だ。
CASINOプロジェクトの詳細やマイクロソフト、ボール・エアロスペースとの契約条件は公表されていないが、中核となる小型衛星コンステレーションは、2021年に打上げ目標の20機の衛星という点から、DARPA(国防高等研究計画局)が実証を計画中のブラックジャック衛星を対象とするのではないかと考えられている。
ブラックジャック衛星とは、偵察・通信複合型衛星による小型衛星のコンステレーション。静止軌道上の大型衛星は高機能だが、1機が損傷するとすぐには替わりがきかないという弱点があり、小型衛星の低軌道コンステレーションならば1機が損傷しても別の衛星が代わって観測を継続できることから、柔軟で非常事態に強い衛星網が構築できるとされている。
ブラックジャック衛星の開発費は1機あたり600万ドル(約6億6000万円程度)を想定しているという。また、地球観測機能と通信機能を併せ持ち、20機で実証後に最終的には90機のコンステレーションを目指すという。衛星のバス製作はエアバス・ディフェンス・アンド・スペースが担当する。衛星バスの高速、連続生産にはエアバスのパートナーである通信衛星コンステレーションのOneWebの技術が使われ、製造はフロリダ州のOneWeb衛星工場が担う。
CASINOプロジェクトの詳細は公表されていないものの、こうしたブラックジャック衛星網の目的からすれば、Azureは切れ目なく衛星データを受信、処理する役割を持つようだ。コンステレーションの1機の衛星がASAT攻撃などにより損傷または妨害されたとしても、他の衛星が機能をすぐに引き継ぎ、Azureを通じて観測または通信データ遅延なく利用できるようにするものと考えられる。
また、モバイル式のフェイズドアレイアンテナで作戦地域ごとの戦略データセンターに直接届ける手段も取れる。ボール・エアロスペースは気象衛星向けの解析アルゴリズムを持ち、災害時や農業、環境などの分野向けに気象衛星のデータをAzureに取り込むといったことが可能だ。こうした衛星とクラウドービスとの連携により、衛星データを防衛分野で機敏に柔軟に使えるようになるという。
上記のプロジェクトは衛星データの利用のためにAzureを利用するというものだが、Azure利用のために衛星を活用するシステムもある。ルクセンブルクに本拠を置く欧州の衛星通信大手SESは9月9日、Microsoft Azure ExpressRouteという通信衛星を介したAzure接続サービスのパートナーとしてマイクロソフトと提携したことを発表した。SESの持つ50機以上の静止通信衛星を通して世界中のどこでもAzureに接続する手段を提供する。また、SESは中軌道の通信衛星O3bの親会社でもあり、O3b衛星網を通じてAzureにアクセスすることも可能だ。O3bは現在20機の衛星を運用しているが、さらに2021年にO3b mPOWERという新たな衛星群を打ち上げる。現在の10倍のスループットを確保するという。
Azure衛星接続の模式図
こうしたクラウドと衛星通信網との接続は、AmazonがAmazon Web Services(AWS)を通じて実現している。AWSの衛星地上局サービスであるAWS Ground Stationは、現在2ヶ所(将来は200ヶ所)に及ぶアンテナ網を通じて衛星コンステレーションの管制やデータ受信が可能になるサービスだ。低軌道衛星コンステレーションを運用する企業がすでにAWS Ground Station利用を表明している。参入は後発になるマイクロソフトだが、空軍の衛星網の運用、実証を通じて高い信頼性をアピールし、この分野での存在感を強めていくものと考えられる。
取材・文/秋山文野