宇宙小説シリーズ9 新たな宇宙叙事詩はどこへ向かうのか?再創造されるスペースオペラの未来

イントロダクション:再創造されるスペースオペラの未来

以前の記事でもご紹介した「スペースオペラ」。
かつてこのジャンルは、銀河帝国の興亡を描く壮大な叙事詩のことを指しました。
E.E.スミスの『レンズマン』、アシモフの『ファウンデーション』、ハーバートの『デューン』、そして『スター・ウォーズ』。これらの物語では、選ばれし者たちが星々を駆け、運命と戦い、文明を救う英雄譚が中心となっていました。

しかし21世紀に入り、スペースオペラというジャンルは変貌を遂げています。
舞台は変わらず宇宙ですが、物語が焦点を当てるのは、もはや帝国の支配構造や戦争の勝敗ではなく、文化の摩擦、アイデンティティの揺らぎ、他者との共生、日常のかけがえのなさといった、私たちの「いま」を反映する問いそのものです。

この記事では、スペースオペラというジャンルの「再創造」に挑戦した4作品を取り上げます。

星々のあいだを飛びながら、内面の宇宙を探る旅へ。
新たなスペースオペラの姿を、いま、見つめてみましょう。

『帝国という名の記憶』:中世アルメニア史を翻案した、詩と記憶をめぐるスペースオペラ
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「もしもあなたの頭の中に、他人の記憶が植え込まれていたら、それはあなた自身と言えるのか?」
そんな問いから始まるのが、アーカディ・マーティーンのスペースオペラ『帝国という名の記憶』です。

著者はビザンツ帝国と中世アルメニアの専門家でもあり、古典アルメニア研究の修士号を持つ歴史家。彼女が描く未来の銀河帝国〈テイクスカラン〉は、実在したアニ王国やビザンツ帝国の文化的記憶、そしてアメリカ帝国主義の影を色濃く反映した、どこか懐かしくも異質な文明世界です。

物語の主人公は、小国リセル・ステーションから大帝国の首都に派遣された若き女性大使マヒト・ズマーレ。彼女の脳には、前任者の意識と記憶を保存した「イマーゴ・マシン」が埋め込まれており、過去の経験を参照しながら交渉にあたるはずでした。しかし、帝都に到着するや否や、その記憶へのアクセスが遮断され、外交どころか命の危険さえも迫る複雑な陰謀に巻き込まれていきます。

本作の魅力は、壮大な帝国陰謀劇にとどまりません。とくに印象的なのは、〈テイクスカラン〉帝国が「詩」によって記憶とアイデンティティを維持している点です。政治的交渉も詩で行われ、文化的教養の証として即興詩や暗唱が重視されるという、独特の口承文化が根付いています。対するリセルは、テクノロジーによって記憶を「複製」し、世代を超えて継承していく文化。この二つの文明の違いが、やがてマヒト自身の「私は誰か?」という問いを深めていきます。

詩とはなにか、記憶とは誰のものか、文化とはどうやって他者を包摂し変えてしまうのか──
そんな問いが静かに浮かび上がる本作は、古典的な帝国SFをただ再演するのではなく、詩と記憶と権力という現代的なテーマを用いて、スペースオペラの形式そのものを問い直す意欲作だと言えます。

『Light from Uncommon Stars』:悪魔と契約したヴァイオリニストとエイリアンのドーナツ屋の奇跡の出会い
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トランス女性のヴァイオリニストと悪魔と契約した教師、そしてドーナツ屋を営む宇宙船の船長。
ロサンゼルスの中華街の片隅で、そんな突飛にも見える登場人物たちの人生が交錯するのが、リュカ・A・フンの『Light from Uncommon Stars』です。

主人公のひとり、カトリーナ・グエンは、家庭にも社会にも居場所を失った若きトランスジェンダー女性。ほとんど独学でヴァイオリンを学び、その魂を震わせる演奏で人々を惹きつける彼女の前に現れたのが、伝説のヴァイオリン教師・里見静香でした。ただしこの教師、過去に悪魔と契約し、「7人の天才の魂」を地獄に差し出す取り引きを交わしてしまった人物。6人目まではすでに終えており、カトリーナはその「最後の一人」に選ばれてしまったのです。

そしてもうひとつの物語軸が、ドーナツ店「スターゲイト・ドーナツ」の店主にして、実は宇宙戦争と疫病から逃れて地球にやってきた宇宙難民ラン・トランの一家。静香とランはやがて出会い、互いに秘密を抱えながらも惹かれ合っていきます。

この作品の魅力は、霊界と宇宙、音楽と戦争といった異なるジャンルやテーマが、違和感なく混ざり合っていく点にあります。SFでもファンタジーでもあり、現代人が抱える精神的苦痛と希望の物語でもあるこの小説は、読者に問いかけます。「魂を売ってまで奏でたい音楽とは何か?」「自分を愛せない星から逃れた人は、どこで本当の居場所を見つけられるのか?」と。

スペースオペラのフォーマットに、「マイノリティの痛み」と「芸術の力による変容」を重ね合わせたこの作品は、内面の宇宙を描く現代スペース叙事詩の、まさに新たな「星の光」といえるでしょう。

『ギデオン―第九王家の騎士―』:ゴシックホラーと宇宙SF、密室ミステリのユーモラスな融合
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「ホラーにしてはおかしすぎるし、SFにしてはベタすぎるし、ファンタジーにしては宇宙船や自動ドアが多すぎるし、平均的なパーラー・ロマンスよりも血なまぐさい切断がはるかに多い」と評されるタムシン・ミュアのデビュー作『ギデオン―第九王家の騎士―』は、9つの家門に分かれたネクロマンサー(死霊使い)の貴族たちが、帝国の支配構造の中で戦うバトルロワイヤルを描いたスペースオペラです。

物語の舞台は、死を操る魔術〈ネクロマンシー〉によって支配される銀河帝国。皇帝直属の〈第一家〉が召集をかけ、各地の〈第二~第九の王家〉から、魔術師とその「騎士」がひと組ずつ、帝国の辺境にある不気味な屋敷「ケアナンハウス」へ集められます。目的はただひとつ、永遠の力を持つ存在〈リクター〉となるための試練を乗り越えること。

第九家から現れたのは、稀代の骨魔術師ハロウハークと、口が悪くてムキムキで脱走常習犯の女剣士ギデオン・ナヴ。ふたりは幼い頃から憎しみ合ってきた関係ですが、今やこの不気味な館から生き延びるには、互いに背中を預けるしかありません。

ジャンルの枠組みにとらわれない本作の魅力は、ジャンル横断的な「ごった煮」感から溢れ出るユーモアにあります。死霊術とラテン語が飛び交うゴシック・ホラー、宇宙帝国とネクロマンサー貴族によるスペースオペラ、密室殺人と謎解きが交差するミステリ風プロット、主人公ギデオンの毒舌と悪ノリによる青春バディ・コメディ。そのすべてが、圧倒的熱量とブラックユーモアで融合されているのです。

剣と魔術と宇宙船が同時に登場するこの物語では、死とは静かな終わりではなく、骨の叫び声とともに始まる新たな闘争。笑っているうちに泣かされ、気づけば全身で読んでいる。そんな圧倒的な読書体験を味わえる作品です。

『銀河核へ』:「ディストピア」に対抗する「ホープパンク」という新たなジャンルの創造
https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488776015

宇宙を舞台にしたSFといえば、壮大な戦争や陰謀、超光速戦闘を思い浮かべる方が多いかもしれません。ですがベッキー・チェンバーズの『銀河核へ』は、その真逆を行きます。
ここにあるのは、戦わないスペースオペラ。爆発も剣戟もないけれど、ひとつの宇宙船で共に働き、食べ、語らいながら、ゆっくりと築かれていく多様な種族との信頼と共感の物語です。

物語の舞台は、超次元トンネルの建設を専門とする宇宙船〈ウェイフェアラー〉号。その乗組員たちは、地球人だけでなく、羽毛を持つ爬虫類型種族エイアンドリスク人、時間感覚が人間と異なるシアナット人、絶滅寸前のグラム人、そして人格をもったAIまでもが共に暮らす多種族の寄せ集め。そこに新人事務員ローズマリーが加わったことで、彼らの日常が少しずつ変化していきます。

本作は、どんな派手な展開よりも、誰かと分かりあおうとする努力の価値を大切に描きます。
「敵を倒す」代わりに「異なる価値観と共に生きる」ことを選び、「帝国の危機」ではなく「乗組員の家族のような絆」に焦点を当てるのです。

この穏やかな物語の背景には、「ディストピアに抗う物語を紡ぐ」ことを掲げる作者の姿勢、「ホープパンク」と呼ばれる思想があります。マイノリティとしての経験を持つ著者ならではの視点で、排除されがちな存在に優しい光を当て、私たちがどんな存在とでも共に未来を築いていけるはずだと、そっと背中を押してくれるのです。

宇宙の片隅で、名前も知らない種族たちがともに生き、互いを理解しようとするその旅路は、まさに新しい時代のスペースオペラだと言えます。「静かな日常」こそが、いちばん深く、いちばん大きな物語なのだと気づかせてくれる一冊です。

最後に:新たなスペースオペラは、どこへ向かうのか?

かつてスペースオペラは、銀河を股にかけた戦争や英雄の系譜を描く壮大な叙事詩でした。けれど今、そのフォーマットは静かに、しかし確かに変わりつつあります。

今回ご紹介した四つの作品の登場人物たちに共通して見られるのは、もはや「征服」でも「戦争」でもなく、他者と出会い、揺れながら、なおも関係を築いていこうとする姿勢です。記憶や言語、文化や身体の違いが生む摩擦を避けるのではなく、それを引き受けることで生まれる繊細な絆。そこには、銀河の果てよりも遠い「わたしとあなた」の距離をめぐる、新たな冒険があります。

スペースオペラは今、外宇宙を舞台にして、「内面の宇宙」を描く物語へと再創造されつつあります。それは、誰もがひとりぼっちにならないで済むような、優しい未来を想像するための物語、つまり、私たちが心の奥底で本当に望んでいる未来像そのものを描いているのかもしれません。

いかがでしたでしょうか。次回の記事では、「宇宙は多様性をどう描き出すのか?SFが探る文化とアイデンティティの新しい形」と題して、宇宙における人間の「文化」と「アイデンティティ」を描いたSF作品をご紹介していきます。お楽しみに!