宇宙言語シリーズ1 宇宙人にメッセージを送るとしたら? 「異星言語学」の最先端

 もしもあなたが宇宙人と初めて会ったとしたら、どのように挨拶をしますか?
 近未来において人類が地球外生命体と遭遇した場合、どのように彼らとコミュニケーションをとるかということは喫緊の問題となります。1996年公開の映画『マーズ・アタック!』では、人類が平和を意味して放った白い鳩が火星人にとって脅威として認識され、宇宙戦争が勃発するという描写がありましたが、些細な誤解で人類が滅亡の危機に立たされる恐れもあるでしょう。世界には約7,000程度の種類の言語が存在すると言われており、SFファンの間では映画『アバター』に登場する「ナヴィ語」や『スター・トレック』に登場する「クリンゴン語」が熱心に学ばれていますが、いずれその中に本物の「プレアデス語」や「オリオン語」が加わる日は来るのでしょうか?

宇宙人とのコミュニケーションを科学的に考察する「異星言語学」

 言語学の分野の中には、仮に地球外生命体が存在したとして、彼らとどのようにコミュニケーションをとりうるかといった可能性を科学的に探求する「異星言語学(xenolinguistics)」という分野が存在します。オランダの数学者ハンス・フロイデンタールが1960年に宇宙で通用する言語としての「Lincos」を数学に基づいて提唱して以来、一部の研究者によって精力的に研究されています。日本ではまだまだ学術界での知名度は低いですが、サブカルチャーの世界では『ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~』という、魔界で言語学者がモンスターの言語の解明に取り組む漫画が出るなど、熱い眼差しが向けられています。
 認知言語学におけるサピア・ウォーフの仮説が指摘するように、我々が使用する言語は、実際には単なる「メッセージを伝える道具」である以上に、「世界を理解するための認識基盤」としての役割を担っています。言い換えれば、我々は言語を通じて世界を「分節化」しているため、言語が介入する以前の生の現実世界を認識することは原理的にできないようになっているのです。ここに、言語を使わずにテレパシーで交信する知的生命体という仮定は一つの疑問を投げかけます。果たして、彼らは私たちと同じように世界を認識しているのでしょうか、それとも全く異なる形での世界認識がありうるのでしょうか?
 この疑問に正面から向き合ったのが、2016年に公開された映画『メッセージ』です。テッド・チャンによる原作『あなたの人生の物語』に基づいて、第一線の言語学者を起用して独自の円環状の宇宙文字を創作し、人類が宇宙語を学ぶことを通じて時間感覚が変容していく様子を描きました。

ハードウェアとしての脳、ソフトウェアとしての言語

 脳科学的なアプローチが明らかにするように、我々人類が用いる言語は我々の脳が持つハードウェアとしての生物学的な特性に根差した特徴を持っています。言語学者のチョムスキーらが提唱する『生成文法』をはじめとした、「階層性」や「再帰性」といったあらゆる言語に共通する深層構造は、このような脳構造と密接に結びついているのではないかと指摘されています。また、量子力学的なアプローチを使った構文解析を行った結果、異なる文法構造を持つ言語同士の構文回路が量子力学的には一致したという実験結果も出ています。このように、数理物理学者のペンローズが指摘した『量子脳』という言葉が示唆するような、脳が持つ量子的な性質の解明が進めば、人類の言語が持つ普遍的な性質とその互換性がよりクリアーに把握される日がくるかもしれません。
 イーロン・マスク氏が現在進めている『ニューラリンク』プロジェクトでは、脳への電磁的な干渉を通じて言語学習を効率化させるための実験も行われており、マスク氏はジョー・ローガンとのインタビューの中で「語学学習は5~10年後には時代遅れになる」と述べました。マスク氏によると、言語による表現は表現したい脳の複雑な状態を言語表現の形で無理やり「圧縮」して伝えているため、ニューラリンクによって脳の状態そのものをデータで転送できるようになれば、そもそも言葉を介したコミュニケーションが不要になるとの予測も立っているようです。

テレパシーと「音楽」によるコミュニケーション

 しかし、様々なコンタクティによる体験談に基けば、ほとんど全ての宇宙人は実際には言葉を直接話したり文字を書いたりすることはなく、思いによるテレパシーによってコミュニケーションを行うといった描写がなされています。2025年1月にNewsMaxにおける独占インタビューで衝撃的なディスクロージャーを行った元米軍パイロットのジェイク・バーバー氏も、UAP回収ミッションの際には自分が今までに感じたことのない感情の動きを感じ、その強烈な感情に支配され、自分がするべき行動を無言のうちに指示されたということを語っています。彼の描写する接近遭遇の際には「言語」的な体験は一切なく、むしろ言語を超えた情動を通じてコミュニケーションが行われていたようです。
 言語によるコミュニケーションが成立しないとした場合に、次の候補になるのは宇宙の普遍言語とも言われる「音楽」です。映画『未知との遭遇』では、5音によって構成される独特なメロディによって地球外生命体と交信する様子が描かれていました。非営利団体のMETIインターナショナルが2017年に開始した『Sonar​ Calling GJ273b』というプロジェクトでは、地球外生命体との交信を目的として宇宙に対してメッセージを発信するという試みが行われていますが、彼らが注目しているのはまさに「音楽を通じて数学を伝える」というアプローチです。カタルーニャ宇宙研究所のチームは、このプロジェクトのために「1+1=2」のような基本的な数学から始め、三角関数や電磁波といった複雑な概念を伝えるために必要な全ての情報を音楽の中に組み込んだ独特な音楽を発明し、宇宙に向けて発信したようです。なお、「宇宙人は地球人と同じ足し算ができるのか?」という疑問に対しては、論理哲学者のクリプキが「クワス算」という独特な思考実験でその仮説を退けていますので、数学を共有するという試みが有効かどうかは今だに疑問が残ります。京大数学者の望月新一氏による「宇宙際」の数学を用いれば、もしかしたら「宇宙際コミュニケーション」が可能なのかもしれませんが…。

「現代のドリトル先生」鈴木俊貴氏が切り拓いた「動物言語学」

 宇宙人とのコミュニケーションを試みるもう一つのアプローチとして、動物の言語の探求があります。『白雪姫』のようなおとぎ話の世界に限らず、現実世界でも動物と意思疎通する能力を持つ「アニマルコミュニケーター」という方々が存在します。中でもアメリカのバラエティ番組に出演して有名になった、動物と会話できると主張するハイジという女性の本の中には、「動物は人間とは認識の方法こそ違えども、怒りや悲しみからなる複雑な感情を経験しがら生きており、特殊な才能を持った人間にはそれを感じ取ることができる」ということが豊富な具体例とともに書かれており、読者の胸を打ちます。
 こういった経験的な事例を裏打ちするように、近年では「動物言語学」という分野が開拓されてきています。現在東大准教授の鈴木俊貴さんは、「シジュウカラが20以上の単語を組み合わせて文を作っている」という事実を発見し、世界に衝撃を与えました。西洋の哲学的伝統においては、デリダのような一部の奇矯な哲学者を除けば「動物は人間よりも低次な存在であり、人間のような意識を持たない」という考え方が主流のため、科学界においても「動物は言語を持たない」という暗黙の常識が存在しました。そのため、鈴木さんの発見はアニミズムの伝統を持つ日本ならではの貢献だったと言えるでしょう。そのほかにも、アメリカのローレンス・ドイル氏を中心にイルカの口笛を言語として解明する研究が行われており、AIを用いた音声解析技術の進展に伴い、動物言語学の分野は今度ますます盛り上がっていくと予想されます。
 これらの研究が示唆するのは、「すでに地球に届いている信号の中に、実は宇宙人の言語が紛れているかもしれない」という仮説です。森でシジュウカラの鳴き声を聞いても、今までは誰もそれが「言語」だとは気づきませんでした。同じように、我々が宇宙から受信している様々なノイズにも、実は我々が感知していないだけで宇宙人からのメッセージが隠されているという可能性は否定できません。
 次回の記事では、地球に存在する言語に残された宇宙からの言語の「痕跡」について考察していきます。お楽しみに!