宇宙漫画シリーズ3 現代人の視点から宇宙を描く! 21世紀日本の宇宙漫画特集

世界3大コミックとして知られるアメコミ、漫画、そしてバンド・デシネのうち、今回の記事では、2000年代を中心に公開された現代日本の宇宙漫画をご紹介していきます。

①2025年を舞台にした国民的宇宙漫画『宇宙兄弟』
https://amzn.asia/d/folRAdI
 2007年12月に講談社の漫画雑誌『モーニング』にて小山宙哉氏の手で連載開始された『宇宙兄弟』の題名を聞いたことがない方はおそらくいないでしょう。本作の舞台は、なんと2025年の日本。「ちょっと遠い未来」をイメージして設定したそうですが、時間が経つのは早いものですね。
 この18年間の間に、2012年には実写映画化とテレビアニメ化が実現、2014年にはアニメーション映画が公開されるなど、『宇宙兄弟』は国民的漫画としてその地位を確立することになりました。その間日本の宇宙開発ブームは徐々に再燃の兆しが見えはじめてきており、作品の中ではヒビトが2026年、ムッタが29年に月面着陸する設定になっていますので、今後月探査が本格化すれば、もしかしたら現実化するのも夢ではないかもしれません。
 本作の魅力を並べていたら一冊の本が書けてしまいますが、最大の魅力の一つは「現実とリアルタイムに連動するストーリー展開の面白さ」にあります。例えば2016年に公開されたエピソードの中では、飛行士たちが偶然にも月面上の縦穴に落下し、その奥に広がる洞窟を発見するというくだりがあるのですが、その一年後の2017年に日本の月周回衛星の「かぐや」が約50kmの長さに及ぶ巨大な地下空洞を発見したことで話題になりました。溶岩チューブと呼ばれる地下空洞の存在自体は2008年から予見はされていたのですが、奇妙なタイミングの一致が感じられますね。他にもロシアで道路工事に停電が起きたというマイナーなエピソードも実際に起きた出来事を反映して起きていたり、細かなディテールに注目すると、「もしかしてこれも…」といった発見が次から次へと起こります。リアルタイムで進行する宇宙開発のニュースと漫画の中の物語が絡み合っていくところが、本作の醍醐味の一つだと言えますね。
 また、徹底した取材に基づくリアルな人物造形も魅力の一つです。主人公のムッタやヒビトはもちろん、NASAで働く多国籍他人種の教官や飛行士たちが、主役からモブキャラに至るまで一人残らず生き生きと描かれています。魅力的でリアルなキャラクター描写を支えているのは、著者による地道かつ徹底的な取材です。ロシアのシーンを描く際は、実際にロシアで宇宙飛行士として訓練を受けた方をはじめ五名以上の方にインタビューを行い、本人が体験したリアルな情報を元に制作を行ったそうです。先入観にとらわれることなく、その人らしさを巧みに抽出したキャラ描写は、このような直接的かつ立体的な情報収集に支えられているのですね。また、主人公のムッタの独特の人間像に注目したリーダーシップ論なども出版されていることからも、『宇宙兄弟』が単なるエンタメに止まらずに国民的なロールモデルを提供していることが垣間見られます。
 2025年1月時点で44巻まで刊行され、そろそろ完結が近いと囁かれる本作ですが、結末から目が離せません。

②近未来を舞台に、宇宙のゴミ拾い業者の人間模様を描く『プラネテス』
https://amzn.asia/d/1FoB24k
 次にご紹介するのは、1999年から2004年にかけて講談社の『モーニング』で不定期連載された幸村誠氏による『プラネタス』です。2003年にNHK BS2でアニメ化され、2022年に再放送された際には元JAXA研究者による批判コメントの炎上騒動で話題となりました。宇宙開発によって発生したスペースデブリの回収業者、言い換えれば「ゴミ拾い」の方々にスポットライトを当てた珍しい作品で、単行本全4巻で完結することから、手に取りやすい作品となっています。ゴミ拾いを描いた作品と言っても侮ることなかれ、些細な宇宙ゴミによって旅客機が破壊され愛する人々を失った人々の悲しみや、主人公たち一人一人のパーソナルな物語を通して「愛」をめぐる哲学的な問いを次々と突きつけられます。最終話で主人公ハチマキがつぶやくセリフ「愛し合うことだけはどうしてもやめられないんだ」には、思わず感動の涙を流してしまうこと間違いなしです。
 本作の特徴は、近未来の宇宙開発における縁の下の力持ちの役割を担う「サラリーマン」たちの人間模様と日常生活をリアルに描いている点にあります。宇宙開発というと、ロマン溢れる公共事業といったイメージが強いですが、本作で描かれる宇宙開発は、先進国の多国籍企業による貪欲な利益追求の一環として行われており、デブリ回収などの業務に携わる人々も単にお金儲けのためにやっているだけ、という身も蓋もない現実が描かれます。宇宙の現場に行く人間は命懸けのため、失うものが少ない低所得者の働き口となっているという設定は、資本主義社会の残酷な未来予想図を描いていると言えるでしょう。
 また、反戦運動やテロといった社会問題の描写も非常にリアルです。特に宇宙開発を進める先進国と、技術力において同じスタートラインに立てない発展途上国の間の経済格差がどんどん広がった結果、暴力的手段に訴えて平等を是正しようとするテロ組織「宇宙防衛戦線」が結成されるといった設定は、アメリカにおいてイーロン・マスク氏をはじめとする大富豪を中心に宇宙開発ミッションが進められる様子を見ていると非常に生々しく迫ってくるものがあります。このようにマクロレベルではリアルな技術的・社会的考察を背景としながらも、主人公のハチマキやタナベといったキャラクターが日常の中で遭遇する些細でユーモラスな出来事を丁寧に描いている点が、本作の大きな魅力となっています。普遍的な人間のあり方を描いていることから、2025年の現在に見直しても全く時代錯誤感がありません。
 なお、本作のアニメ化を担当した谷口悟朗監督と脚本家の大河内一楼氏は後に『コードギアス 反逆のルルーシュ』も手がけた名コンビであり、壮大な宇宙描写を背景に描かれるリアルな群像劇に、英語圏にとどまらず世界中から熱い眼差しを注がれています。原作とはかなりアレンジが加わっているので、アニメ版も合わせて鑑賞したいところです。

③架空の中世における地動説の証明をテーマに、悪の凡庸さと真実への情熱を描いた『チ。-地球の運動について-』
https://amzn.asia/d/9M6ObvA
 最後にご紹介するのは、『ビッグコミックスピリッツ』にて2020年から2022年にかけて連載され、国民的ブームを巻き起こした『チ。-地球の運動について-』です。原作者は、制作当時まだ20代だった魚豊氏。目を吸い寄せられるようなインパクトを持つタイトルの「チ。」には、「大地のチ」「知識のチ」「血液のチ」の三つの意味が込められており、本作はまさにこの三つの要素が絡み合って展開します。舞台は天動説が常識となっていた15世紀のヨーロッパ。主人公となる神童ラファウは、謎の男との出会いをきっかけに地動説という考え方に出会い、その魅力に人生の全てを捧げることになります。テーマとなる「大地」とは、主人公たちが証明しようとする「地動説」、「知識」とは彼らが追い求める天球の運行に関する禁じられた知識、そして「血液」とは、地動説という異端に対して当時の教会が容赦無く行う非人道的な拷問によって流された数限りない血のことを指します。
 本作の特徴は、なんといっても主人公たちの真実の追求を邪魔する異端審問官たちの描き方にあります。地動説という「異端」を唱える人々に対して、「苦悩の梨」をはじめとする残忍な拷問道具を使って極悪非道な処置を行う聖職者たちは、通常であれば「究極の悪人」として描写されてもおかしくないところですが、本作では子供を愛する平凡な父親としての側面も描写され、あくまで仕事のために仕方なく拷問を行っているのだという点が強調されます。ナチス・ドイツの強制収容所の運営を担当していた平凡な事務員のアイヒマンのように、当時の常識を疑うことなく受け入れ、上から下された指示を淡々と実行することが恐ろしい非人道的所業の元凶となりうるという事実を「悪の凡庸さ」という言葉で表現したのは亡命ユダヤ人の政治哲学者のハンナ・アレントですが、本作はまさに中世ヨーロッパにおける「全体主義」の恐怖を描いて見せることで、人間社会が陥りかねない恐ろしい落とし穴に対して警鐘を鳴らしていると言えるかもしれません。
 拷問シーンが苦手で本作を敬遠する方も多いですが、数限りない流血の中でもなお、合理的な打算を超えて自分の命を犠牲にしてでも真実を追い求める主人公たちの熱い眼差しに、勇気を与えられる人もまた多いです。本作の悪役である異端審問官たちが見せかけの信心深さに偽装された自己保身によって操られているとすれば、主人公たちが求める真理への情熱は、そのような虚飾を取り払った本物の意味での宗教心だと捉えることができます。この世界の生命を超えた真実への眼差しを、熱く描き切った作品だと言えるでしょう。

いかがでしたでしょうか。
今回の記事では、2000年代を中心に発表された、宇宙をテーマにした現代日本の漫画をご紹介しました。普遍的な内容が多く、数十年後も読み継がれているであろう名作ばかりですので、有人宇宙探査が再び盛り上がる今、改めて手にとってみてはいかがでしょうか。
次回はもう少し時代を遡り、戦後〜1990年代日本の宇宙漫画を特集してまいります。お楽しみに!