宇宙漫画シリーズ2 アート性を極めた宇宙! フランスで盛り上がる宇宙バンド・デシネ特集

世界3大コミックとして知られる、アメコミ、漫画、そしてバンド・デシネ。異なる地域で発展したコミックカルチャーが「宇宙」をどのように描いてきたのかをご紹介していく本連載ですが、今回はフランス語圏で栄えるスペース・バンド・デシネをご紹介します。

 バンド・デシネ、略してBDとは、フランス語で「コミック・ストリップ」、あるいは「続き漫画」のことを指します。黎明期はアメコミとも重なりますが、1929年にベルギーの漫画家エルジェによる『タンタンの冒険』を皮切りに世界に波及していきます。二度の大戦を通してアメコミの輸入が制限される中、ベルギーの漫画雑誌スピルーやSFホラー中心のレーベルのメタル・ユルラン(ヘヴィ・メタル)誌などの媒体を通じて個性豊かなバンド・デシネ作家が活躍し、書き下ろしフルカラーで一コマ一コマの絵画の芸術性にこだわった独自の漫画様式として発展を遂げてきました。
 現在では、「建築」「彫刻」「絵画」「音楽」「文学」「演劇」「映画」「メディア芸術」に続く「第九芸術」として、ルーヴル美術館が特別展を開くほどに地位を高めています。また、1974年から始まったバンド・デシネの祭典であるアングレーム国際漫画祭は「漫画界のカンヌ」として知られ、フランス国内外から20万人以上の参加者が毎年訪れています。『AKIRA』の大友克洋や、寺田克也、荒木飛呂彦ら多くの漫画家に影響を与えたバンド・デシネですが、日本からフランスへの影響もまた強く、最近では日本風のテイストを取り入れたバンド・デシネである「フランガ」(「フランス」と「漫画」を組み合わせた造語)というジャンルも確立されてきているようです。
 このように独自の発展を遂げたフランス語圏のバンド・デシネにおいても、宇宙を題材にしたスケールの大きなSF作品がたくさん存在します。

①伝説の映画であるホドロフスキーの『DUNE』のエッセンスを凝縮したサイコバース長編『L’Incal アンカル』
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 最初にご紹介するのは、ホドロフスキー原作・メビウス作画による、バンド・デシネ史上最高傑作とも名高い『L’Incal アンカル』です。 単なる宇宙冒険ものではなく、「アンカル」と呼ばれる謎の生命体によって主人公の精神が拡張し、精神宇宙の摩訶不思議な世界が描かれることから、「サイコ(精神)」+「ユニバース(宇宙)」で「サイコバース」長編と呼ばれます。
 この作品の成立には紆余曲折があります。もともと映画監督でもあるホドロフスキー氏は、カルト的名作として名高い『エル・トポ』(1970年)、『ホーリー・マウンテン』(1973年)といった作品の成功を経て、フランク・ハーバートによるSF大作『DUNE』の映画化を構想していました。彼の壮大な構想は多くの野心的なクリエイターの心を動かし、フランスの伝説のバンド・デシネ作家であるメビウス氏に絵コンテを描いてもらい、さらにはサルバドール・ダリをはじめとした錚々たる俳優陣をそろえていざ制作…となったところで、予算と上映時間が膨らみすぎたことから制作会社からストップがかかり、企画は頓挫。中でもダリは世界一高いギャラでないと嫌だということで、3分の出演に対して3万ドルを支払うといった法外な契約を結んでおり、推定予算総額は100億円。さらに上映時間は24時間を超える見込みだったそうです。このあたりの経緯は、2013年に公開されたドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDune』の中で詳しく描かれています。
 そこでホドロフスキー氏は、手元に残された膨大な絵コンテを大幅に改変して、全く新しいSFバンド・デシネとして公開することに決めます。それが今回ご紹介する『L’Incal アンカル』です。
 しがない私立探偵が謎の生命体「アンカル」を手に入れることをきっかけとして宇宙の命運を握る巨大な争いの渦に巻き込まれていく、というプロットは、本作の成立に大きな影響を与えたフランク・ハーバートの『DUNE』の中の「スパイス(人間の精神を拡張して時空間の移動を可能にする香辛料)」などのエレメントを巧みに再解釈しつつ、ホドロフスキー独自のシュールな世界観が濃厚に投影されています。
 本作の魅力は、なんといっても宇宙人、ミュータント、精神体、クリーチャーといった様々な個性的なキャラが所狭しと並ぶ細密画のようなアートワークです。バンド・デシネという表現形態ならではの魅力が満載で、ホドロフスキーの描きたかった「曼荼羅」の姿を垣間見ることができます。ゾロアスター教的宇宙論やイスラム教神秘主義の影響も受けた難解な物語構成は安易な解釈を許さず、ファンたちの間で今でも熱い議論が交わされています。

②リュック・ベッソン監督によって映画化されたSF長編の原作『Valerian and Laureline』
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 2番目にご紹介するのは、1967年から2010年までの40年以上に渡って愛されてきたシリーズ『Valerian and Laureline(邦題:ヴァレリアン)』です。2017年にリュック・ベッソン監督の手によって『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』として映画化されたことをきっかけに、日本でも広く知られるようになりましたが、本作は『スター・ウォーズ』をはじめとするスペースオペラの源流になったとも言われる作品であり、「クローン軍」や「ミレニアム・ファルコン」、そして「ダース・ベイダー」に至るまで、全てのネタ元は本作にあると言われています。
 本作の原作を担当したピエール・クリスタンと作画担当のジャン=クロード・メジエールはド・ゴール時代のフランスで幼馴染として幼少期を過ごした後、文化的自由を求めてアメリカに渡り、そこで運命的な再開を果たして本作を一緒に制作することになります。
 物語のあらすじは、タイムトラベルとスペーストラベルが合わさった世界観の中で、若き時空パイロットのヴァレリアンと11世紀フランスの農民の少女だったローレリーヌが出会い、時空パラドックスによって消滅してしまった故郷である地球の首都・ギャラクシティを取り戻すために旅に出るというもの。作品の中で地球はバーチャルリアリティに覆われ、テクノクラートに支配された仮想ユートピアという設定になっており、驚くほどの先見性を感じさせます。
 原作者二人の発想の原点にあるのは、ド・ゴール流の権威主義への反発と、政治学、社会学、民族学をはじめとした多様な学問分野への関心です。様々な宇宙種族間の対立を描く中で、大学教授でもあるクリスタンの幅広い学問的知識が生かされ、各宇宙種族の生態についての非常にリアルな描写がなされています。例えば本作の中には、異常なほどにアルコール耐性が高く、極端なまでの資本主義を追求する「シングース」という宇宙種族が登場しますが、アメリカの行き過ぎた資本主義への風刺のようにも取れます。あたかも『ガリヴァー旅行記』の中でスウィフトが現実世界を生きる様々な人々の生態を小人や巨人になぞらえて風刺したように、クリスタンとメジエールも様々な宇宙人種族の描写を通じて社会風刺を行っていたのかもしれません。
 また、主人公のヴァレリアンがちょっとおバカな部分がある一方で、ヒロインのローレリーヌが独立心旺盛で有能であるというキャラ描写は、スーパーマン一強時代の当時の文化にとっては非常に珍しく、女性の権利拡大の流れを先取りしていました。その影響もあり、もともと存在しない架空の名前だった「ローレリーヌ」という名前が、本作が流行してから徐々に使われる様になり、今ではフランスで数千名の「ローレリーヌ」さんが存在するそうです。国民的なブームを巻き起こした証拠ですね。

③ジュール・ヴェルヌと宮崎駿を融合させた新感覚スチームパンクSF『星々の城』
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 最後にご紹介するのは、2014年に制作され、フランスで20万部のヒットとなった新感覚スチームパンクSFの『星々の城』です。「アポロが月面着陸をした1969年のちょうど百年前の1869年に、もしも人類が月に降り立っていたら?」という発想を元に、火星の征服をめぐるフランスとプロイセンの対立が繰り広げられます。
 「スチームパンク」とは、SFのサブジャンルとして80年代から人気を博している分野であり、飛行船やアナログコンピュータといったヴィクトリア朝時代のレトロフューチャーな文化や建築スタイルを取り入れたSFのことを指します。実際の科学理論に忠実であることを売りにする「ハードSF」と対照的に、科学考証を無視したファンタジー要素全開の設定であることも特徴の一つ。本作でも、宇宙に充満する「エーテル」を使って宇宙船を飛ばす独自の航空原理が、物語全体にアクセントを添えています。
 本作の脚本と作画を手がけたアレックス・アリス氏は、ジュール・ヴェルヌをはじめとした19世紀の作家の文章を参考に、当時の人々の生活や文化の細部に至るまで描きこんでいるため、あたかも百年前のパラレルワールドにタイムトリップしたような気分が味わえます。また、宮崎駿の作品を彷彿とさせるキャラクター描写と、水彩画タッチの美しいアートワークが相まって、独自の美的世界を醸し出している点もイチオシです。

いかがでしたでしょうか。
今回の記事では、宇宙をアーティスティックに描いたフランス語圏のバンド・デシネをご紹介してきました。どの作品も「漫画」というより「画集」といった方が相応しいくらい芸術的な完成度が高く、手元に保存しておきたい作品ばかりです。これを機に、ぜひ一度バンド・デシネを手にとってみてはいかがでしょうか。
次回はいよいよ、現代日本の宇宙漫画を特集してまいります。お楽しみに!