宇宙漫画シリーズ1 マーベル、DC、だけじゃない! スケール無限大の宇宙アメコミ特集

「世界3大コミック」をご存じでしょうか。日本の漫画、ベルギーとフランスのバンド・デシネ、そしてアメリカン・コミック。これら3つの漫画の伝統は、それぞれに固有の特徴を持ちつつ、独自の発展を遂げてきました。今回の連載では、それぞれの漫画において「宇宙」がどのように描かれてきたのかについて、紹介していきます。

アメコミ小史〜『スーパーマン』から『スパイダーマン』を経てグラフィック・ノベルへ

 日本の漫画の発展の歴史とはかなり異なる道筋を辿ったアメコミの歴史は、1920年代に新聞に連載された漫画をパルプ・マガジンに掲載したコミック・ストリップに遡ります。大衆人気に押されて、1930年代から50年までの「アメコミ黄金時代」には『スーパーマン』『バットマン』『ワンダーウーマン』などの典型的なスーパーヒーローたちが生み出されました。
 しかし50年代に入ると、教育者や政治家を中心とした「漫画は青少年の心を毒する」という主張が社会を席巻するようになり、厳しい検閲を行うコミックスコード委員会が設立されることに。表現の規制が進む中で、スタン・リーを中心に『ファンタスティック・フォー』や『スパイダーマン』といった、人間的な弱みを赤裸々に描いた新たなヒーロー像が模索され、「シルバー・エイジ」「ブロンズ・エイジ」と呼ばれるアメコミの新時代を築きました。
 70年代に入ると規制が徐々に緩和されると同時に、サンディエゴのコミコンに代表されるファンダム文化が花開き、カウンターカルチャー・ブームと手を携えて再びアメコミが社会の表舞台で脚光を浴びるようになります。
 90年代に入ると、イラストに加えて内容やストーリーを重視したグラフィック・ノベルという形態が、従来のアメコミに代わってヤングアダルト中心に人気を博すように。現代では、コミックよりもグラフィック・ノベルの方が書店の大きな割合を占めている状況です。
 印刷された漫画形式が衰退していく中で、マーベルやDCコミックスは映画やドラマ、ゲームへのマルチメディア展開によって生き残りを図っています。マーベルの世界観を連作映画の形で展開した『アイアンマン』や『アベンジャーズ』などの豪華タイトルがひしめくマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)や、『ジャスティス・リーグ』や『ザ・フラッシュ』などのヒーローが活躍するDCエクステンデッド・ユニバースなど、ハリウッドとの緊密な連携を通して巨大なスケールで観衆を吹き飛ばすような作品が21世紀初頭には目白押しでしたね。ところが最近では、徐々にテンプレート化したスーパーヒーローものが飽きられるようになってきており、もう一段奥深い世界観やキャラクター描写を好む傾向が出てきているようです。そこで昨今にわかに注目を集めているのが、Boom!Studioをはじめとするインディーズアメコミレーベルです。

Boom! Studioが生み出す、ちょっと大人な次世代のヒット作品群

2005年に設立されたBoom! studioは、インディーズアメコミレーベルとして、シャープなアートワークと質の高いストーリーテリングで瞬く間に頭角を現してきました。マーベルやDCなどの「大手」のコミックレーベルには出せない独特なキャラクター造形の味わい深さが話題を呼び、Netflixでのドラマ化やハリウッドでの映画化も続々と検討されています。未来のヒット作の卵を生み出し続けるBoom! Studioから目が離せません。ここでは、代表的な作品を3つほどご紹介します。

①スーパーヒーローとスーパーヴィランが役割交代する『Irredeemable』と『Incorruptible』
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 最初にご紹介するのは、DCコミックスを中心に作家として活躍してきたマーク・ウェイド氏によるシリーズ作品『Irredeemable』と『Incorruptible』です。DCでは『キングダム・カム』や『フラッシュ』シリーズを中心に手がけつつ、MARVELでは『キャプテン・アメリカ』や『ファンタスティック・フォー』の作画も担当した大物作家です。
 ウェイド氏による『Irredeemable』は、アメリカで100万部以上も売り上げたヒット作であり、2016年時点で20世紀FOXによる映画化も決定されています。「突如悪と化し、人類の虐殺を始めたスーパーヒーローのプルトニアンを阻止すべく、かつての同志であるヒーローたちが奮闘する」というストーリーラインは、DCのお抱え作家であるウェイド氏が、インディーレーベルでその自由な発想を爆発させたことによる「化学反応」の産物だと言えるでしょう。黒人スーパーヒーローのボルトや、ジェームズ・ボンド映画のQにちなんで名づけられたと思われるキュービットなど、個性豊かなキャラクター造形と心理描写が魅力となっています。ちなみに『Irredeamable』というタイトルは「救済不能」という意味で、全知全能の「神」としてのスーパーヒーローがその力を悪用したらどうなるのか、という神学的な思索が全編を貫くことでストーリー全体に重厚感が与えられています。
 『Irredeemable』と双璧をなす作品が、同じくウェイド氏による『Incorruptible』。「堕落不能」という意味のタイトルを冠したこの作品では、先ほどとは真逆の設定で、スーパーヒーローになることを目指す元スーパーヴィランのマックス・ダメージを主人公として物語が展開します。悪のどん底まで落ち切ったからこそ、スーパーヒーローへの志が芽生えるという逆説的な設定が魅力を生んでいます。
 どちらの作品も、マーベルやDCの大手レーベルが抱える商業的な意図を無視できるというインディーレーベルならではの強みを活かして、複雑なストーリー設定やキャラクターの心理描写に徹底的にこだわることで、スーパーヒーローもののストーリーにありがちな「浅さ」を克服し、陰影を持ったリアルな描写に成功していると言えるでしょう。ハリウッド映画における「スーパーヒーロー疲れ」が囁かれる昨今、このような作品群は次世代のホープとなるかもしれません。

②Netflixでドラマ化! 令和のガンダム? 少年と巨大メカが協力してエイリアンと戦う『Mech Cadet Yu」
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 次にご紹介するのは、グレッグ・パック氏と宮沢武史氏のタッグによる 『Mech Cadet Yu(メカ士官生ユウ)』です。2023年にNetflixでドラマ版が配信され、日本からでも見ることができます。作者の一人である宮沢氏は、カナダ生まれの日本人。アメコミ風のイラストの中にも、どこか日本の漫画の感性がほのかに漂います。 エリート士官学校である「スカイ・コープス・アカデミー」の用務員として働く青年スタン フォード・ユウが、宇宙からやってきた巨大ロボットのロボメックを操作するという夢を叶え、クラスメイトたちと協力して邪悪な異星人と戦うというあらすじは、なんとなく『機動戦士ガンダム」や 『パシフィック・リム』を彷彿とさせますが、ロボットのデザインはなんだか トランスフォーマーの「バンブル・ビー」に似ています。また、宇宙からやってくる邪悪なエイリアンのルックスは、 『パシフィック・リム』に登場するKAIJUに酷似しています。このようにこの作品は、日本のロボットアニメの様々な要素をごちゃ混ぜにしたようなアートワークが特徴ですが、よく言えば「いいとこどり」の作品とも言えるでしょう。

③イギリスの片田舎の動物村を襲うエイリアンの恐怖を描いた「ワイルズ・エンド」
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 最後にご紹介するのは、ライターのダン・アブネットとアーティストのI.N.J.カルバードによって2014年に発表された『ワイルズ・エンド 』。古風で静かなイギリスの田舎町におけるエイリアンの侵略をテーマにしています。
 本作の特徴は、エイリアンの襲来に対して立ち向かう村人たちの心理的な不安を社会学的にリアルに描いている点です。通常、エイリアン襲来ものというと派手なアクションに偏りがちですが、エイリアンに対処する人間側の行動も一枚岩ではなく、相互の思惑が絡み合って複雑 にストーリーが展開していく様子は現実の政治を見ているようです。人間の政治的なやり取りを、あえて動物に擬人化することで本質を抽出して風刺的に描くスタイは、ジョージ・オーウェルの 『動物農場』を思わせますね。
 本作のインスピレーションになったと言われる作品は、児童文学作家リチャード・アダムズ による『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』という作品です。可愛らしい野うさぎたちを主人公としながらも、人間たちの乱開発によって生息地を追われてしまう野生動物の姿と、同種族内での血生臭い殺し合いなどが容赦なく描かれており、普遍的なメッセージを含んだ大人向けの作品となっています。その意味で、『ワイルズ・エンド』は、『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』と『インディペンデンス・デイ』を足して2で割った作品とも言えるかもしれません。  

 いかがでしたでしょうか。  
 アメコミの歴史を振り返った後、現代のアメコミ及びグラフィックノベル業界を牽引するインディーズレーベルであるBoom! studioの人気作品群を紹介することを通じて、アメリカにおける宇宙SF漫画の活況をお伝えしました。
 次回は、よりアート性にこだわったフランスのバンド・デシネに描かれる「宇宙」をご紹介していきます。お楽しみに!