宇宙小説シリーズ3 星間戦争と冒険のロマンはなぜ私たちを魅了するのか?スペースオペラが彩る宇宙の黄金時代
「スペースオペラ」の毀誉褒貶の歴史
スペースオペラは、壮大な宇宙を舞台にした冒険や戦争を描くSFの一大サブジャンルです。キーワードは、「広大な銀河」、「星間帝国」、「壮大な戦争」、「ヒーロー的な登場人物」。夢やロマンに溢れる一方で、安易なワンパターンに陥る危険性もまた多いジャンル。
事実、「スペース・オペラ」という用語が最初に用いられたのは、ラジオドラマで増殖するこの類の物語に対する蔑称としての使用でした。1920年代から30年代にかけて、E.E.スミスの「レンズマン」シリーズをはじめとした宇宙冒険ものが一斉を風靡し、SF作家がよってたかってこのスタイルを真似した結果、世の中には似たような作品ばかりが溢れてしまったのです。この状況を見て、1941年にSF作家のウィルスン・タッカーが、「切り刻まれ、すりつぶされ、悪臭を放つ、時代遅れの宇宙船の作り話」として「スペースオペラ」という用語を定義しました。
ところが、60年代に入るとこの形式に対する再評価が進み、「スター・ウォーズ」の大ヒットを初め、スペースオペラのルネサンスともいうべき現象が巻き起こりました。最近でも、フランク・ハーバート原作のスペースオペラである『デューン』シリーズがティモシー・シャラメ主演で映画化されて大きな盛り上がりを見せていますね。
E.E.スミスの『レンズマンシリーズ』
「スペースオペラの父とも呼ばれるE.E.スミスが1937年から発表した「レンズマンシリーズ」は、銀河間の巨大な戦争を描き、スペースオペラの基礎を築いた作品として広く知られています。
物語は、正義の宇宙警察組織であるレンズマンたちが、宇宙海賊ボスコーンと戦う壮大なスケールで展開されます。登場人物の数も、真面目に数えたら数百人以上と、まさに天文学的な数に及びます。
スミスが描いたインターステラーパトロール(銀河間警察)は、正義の象徴であり、銀河系全体を守るエリート戦士たちの組織です。「レンズマン」という名前にふさわしく、主人公たち銀河パトロール隊の一員は、一人一つ「レンズ」と言われる認識票が手首の腕輪に嵌め込まれており、これを通して他の惑星の人々とコミュニケーションを取ることができます。こういった描写は、後の多くのスペースオペラ作品に影響を与え、宇宙におけるヒーロー像の原型を形作りました。
オペラというだけあって、『銀河パトロール隊』『第二段階レンズマン』『レンズの子供たち』をはじめとする長大な正伝に加えて、デイヴィッド・カイルによる『ドラゴン・レンズマン』などの外伝も多数出版されています。一つの世界観でたくさんの作者が想像力を発揮できる舞台を作り上げた点で、スミスはまさにスペースオペラのスタイルを確立したと言えるでしょう。特に、銀河を舞台にした壮大な戦争やヒーロー的な登場人物の描写は、後のSF作家や映像作品に大きな影響を与え続けています。
アイザック・アシモフの『ファウンデーションシリーズ』
1940年代といえば、スペースオペラが批判を浴びていた時期のど真ん中に当たりますが、この時期に後のSFの巨匠アイザック・アシモフがスペースオペラ『ファウンデーション・シリーズ』の発表を開始します。今でこそ「ロボット工学三原則」の提唱者として知られるアシモフですが、当時はまだコロンビア大学を卒業したての野心的な研究員でした。
学問的なバックグラウンドを持つ彼は、世間に溢れるスペースオペラとは一線を画す斬新な切り口からこのジャンルに切り込みます。それこそが、彼が創造した「心理歴史学」という理論です。気体の分子運動論に準えて、個々の行動を超えた人類の未来を予測するための架空の学問として物語の中で機能し、ストーリー全体に深みを与えています。銀河帝国の興亡を描く際に銀河社会の構造や経済的要因を取り入れたことも、この作品を単なる冒険物語を超えた名作にした理由の一つだと言えるでしょう。
本作で面白い点は、「ファウンデーション」として銀河を支配していく集団が、最初は「銀河百科辞典編纂者」というマージナルな立ち位置から下剋上を遂げていくというストーリー展開です。この設定には、一学者・一作家としてのアシモフの野心も込められていたでしょう。いずれにしても、当時に限らず今も肩身の狭いSFオタクたちにとっては胸震える物語だったはずです。
ちなみにアシモフの死後、1997年から、現役のアメリカSF作家が「ファウンデーション・シリーズ」の続編となる「新銀河帝国興亡史」を発表しています。この点からも、本作がスペースオペラとして一つの「宇宙」の創造に成功したことが読み取れます。
フランク・ハーバートの『デューン』シリーズ
1960年代に入ると、徐々にスペースオペラの動きが復活を見せるようになりますが、その起爆剤となったのが1965年にフランク・ハーバートが発表した『デューン』シリーズです。
本作を特徴づけるテーマは、「宗教と政治がどのように結びつき、支配と服従の関係を形成するか」という宗教的洞察にあります。因縁の家系であるアトレイデス家とハルコンネン家の間で繰り広げられる銀河規模の権力闘争に、フレメン族がもつ宗教的信仰が絡むことで、重奏的な物語が展開していきます。
また、経済的・政治的舞台設定のリアルさも、作品全体に華を添えます。舞台となる砂漠の惑星アラキス(デューン)で生産される「スパイス・メランジ」をめぐる資源争奪戦の描写には、東南アジアでの香辛料貿易をめぐる植民地政策の歴史なども投影されており、非常にリアルです。このような複雑な社会構造や宗教的要素を含む作品は、『デューン』以降、スペースオペラの中でもますます一般的になっていきました。事実、後述する「スター・ウォーズ」には、「デューン」から流用した設定が数十個あると、作者のハーバートが指摘しています。
出版直後から何度も映像化が構想されたものの、ホドロフスキーやデイヴィッド・リンチを初め、著名な映画監督でも満足のいく映像化に次々と失敗し、以降「絶対に映像化できない作品」として知られるようになりました。しかし、2021年に公開された「DUNE/デューン 砂の惑星」でついに大ヒット映画としてその名を轟かせることになりましたね。これからのさらなる展開が楽しみです。
スター・ウォーズの影響
さて、スペースオペラを語るにあたって欠かせない存在が「スター・ウォーズ」ですが、今回の連載はSF小説に焦点を当てた連載のため、あえて直接的な分析は避けるとして、この作品がSF小説全体にもたらしたインパクトについて述べておくにとどめましょう。
ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』は、1977年に公開されて以来、公式にライセンスされた小説、コミック、ゲームなど、いわゆる「拡張宇宙」を生み出しました。これらの作品は、映画で描かれた世界をさらに広げ、銀河系の歴史やキャラクターの背景を深掘りしています。特に、ティモシー・ザーンの「スローン三部作」(1991年~1993年)は、拡張宇宙の中でも評価が高く、映画シリーズの物語を補完する重要な役割を果たしました。
また、『スター・ウォーズ』の成功以降、多くのSF作家が、視覚的にインパクトのある描写を取り入れることで、読者に鮮明なイメージを喚起し、映画的なシーンを文章で再現しようと試みるようになりました。この意味で、スター・ウォーズは、スペースオペラというコンセプト自体を、より一般化・大衆化し、全方位的なインパクトをもたらした作品だったと言えるでしょう。
このように、1920年代に登場し、当初は科学的な精密さよりも物語のドラマ性やスケールの大きさを重視していたスペース・オペラでしたが、1940年代〜50年代にかけて厳しい批判に直面し、1960年代以降、より深いテーマや複雑なキャラクター描写、経済や社会についてのリアルな洞察を含むジャンルとして再生を果たすことになりました。現代のスペースオペラは、社会的および政治的テーマをより積極的に取り入れることで、単なる冒険物語を超え、現実の社会問題や人間の本質に関する洞察を提供するものとなっています。
次回は、「ディストピア」をテーマに、宇宙SF小説の歴史を辿っていきます。お楽しみに!