宇宙映画シリーズ3 スペースオペラ映画:壮大な星間戦争の裏に垣間見える社会心理
前回の記事では、冷戦期の宇宙開発競争が宇宙SF映画にもたらした影響についてご紹介してきました。今回の記事では、冷戦が次の段階へ移行した1970年代から爆発的な人気を見せた「スペースオペラ」の流れについて見ていきましょう。
スター・ウォーズとベトナム戦争
言わずと知れた世界的な名作「スター・ウォーズ」。「宇宙映画」と言って真っ先に思い浮かぶのがこの作品でしょう。「スター・ウォーズ」がこれだけのヒットを産んだ理由として、モーショコントロールカメラやブルースクリーン技術などの最先端の技術を用いたリアルな映像表現や、物語の中に散りばめられた神話的要素や精神性など、さまざまな要素が考えられますが、今回の記事では本作が世界に熱狂的に歓迎された「社会的背景」に注目してみます。
その筆頭が、1960年代からアメリカが積極的に介入を行ったベトナム戦争です。実は、ルーカスはスター・ウォーズを制作する前に、コンラッドの小説『闇の奥』をベースとしてベトナム戦争の悲劇を描く『地獄の黙示録』という映画を作ろうとしていました。しかし、ベトナム戦争の激化に伴って制作の進行が遅れてしまい、ルーカスはこの企画を仲間のコッポラに任せて別のプロジェクトに専念することに。それが「スター・ウォーズ」でした。
「スター・ウォーズ」の中では、強大な力を持つ帝国が、ルーク・スカイウォーカーやハン・ソロが率いる小規模なゲリラ兵の軍団を鎮圧していく様子が描かれます。ダース・ベイダーの容赦なき侵略の姿と、当時のアメリカがベトナムに対して行使したナパーム弾などの残虐な戦略の数々が重ね合わされます。また、共和国や評議会などといった細々とした設定も、アメリカ建国からの歴史と準えると納得が行きます。つまり、スター・ウォーズが描いたのは、悪の帝国と化したアメリカに対する批判だったと見ることができます。
そこにはもはや、1950年代の宇宙映画にみられたような「正義の大国であるアメリカが技術開発競争に打ち勝ち、悪の帝国であるソ連を倒す」という単純な二分構図は見当たりません。
ルーカスは元々、スター・ウォーズを作る前に、自身が幼少期に見て強い影響を受けた「フラッシュ・ゴードン」というスペースオペラの映画化を計画していました。しかし権利関係で挫折し、結局自身の脚本による「スター・ウォーズ」制作に踏み切ることになります。「フラッシュ・ゴードン」は1930年代に熱狂的ブームを巻き起こしたSF連続テレビドラマで、世界恐慌による経済不安のなかで現実逃避を求める人々の想像力を刺激しました。「フラッシュ・ゴードン」の悪役であるミン皇帝は全体主義的な支配者として描かれますが、当時の人々は彼の姿にファシズムやナチズムといった全体主義的なイデオロギーの台頭を読み取ったはずです。
それからおよそ40年後に公開された「スター・ウォーズ」では、ミン皇帝のポジションにいるダース・ベイダーはヒトラーやムッソリーニではなく、帝国主義的政策でベトナムを容赦なく攻撃するアメリカそのものとなりました。この点には痛烈な歴史の皮肉が感じられます。
なお、「スター・ウォーズ」の大ヒットを受けて、1980年に後追いで本家「フラッシュ・ゴードン」の映画が公開されましたが、こちらは商業的には失敗。ただ、イギリスのロックバンドQUEENが手がけたサウンドトラックも相まって、一部のファンの間ではカルト的な人気を誇っているようです。
デューン/砂の惑星(1984)とカウンターカルチャー
スター・ウォーズとほぼ同時期に制作が計画されていたスペースオペラとして見逃せないのが、「デューン/砂の惑星」です。この映画は紆余曲折を経て1984年に公開されて「大失敗」の烙印を押されてしまうのですが、その経緯を見ていきましょう。
原作はフランク・ハーバートによる同名のSF大作シリーズで、精神的な探求や意識の変容を扱った神秘的な物語構成が特徴でした。この小説に魅せられたチリ出身の映画監督・ホドロフスキーは、1975年に映画化を志て動き始めます。その内容たるや、豪華絢爛。前衛芸術家のサルバドール・ダリや名優オーソン・ウェルズをメインキャストに配置し、カリスマ漫画家のメビウスを絵コンテ作家として起用して1年ほど企画案を練った結果、映画の上映時間は10時間を超える見込みにまで膨らみました。しかし、残念ながらスケールが大きすぎて受け入れてくれる配給会社がなく、ホドロフスキーは泣く泣く撤退することになります。この経緯については、『ホドロフスキーのDUNE』というドキュメンタリー映画で本人のインタビューを交えて詳細に描かれているので、興味のある方はご覧ください。
その後、企画案が当時『エレファント・マン』の成功で注目の的になっていた鬼才デヴィッド・リンチの手に渡り、ついに映画化が実現します。しかし、評論家からは大ブーイング。監督のリンチ自体も作品に全く満足しておらず、自身のキャリアの中の唯一の失敗作と位置付けています。何せ、本来4時間超えは避けられなかった内容を、プロデューサーの都合で2時間まで短縮させられたせいで、あたかもダイジェストムービーのような体裁になってしまったのです。
このような経緯を経た結果、「デューン」は満足な映像化が不可能な作品としてハリウッドの禁忌になりましたが、そのタブーに切り込んでついにドゥニ・ヴィルヌーブが2021年に映画化に成功。専門家からの評価も高く、名優キアヌ・リーブスをして「Awesome(最高)」と言わしめたことでも有名です。
本作の内容として特筆に値するのは、その並外れた神秘的な宇宙観です。物語の中で鍵を握る「スパイス・メランジ」は、少量の摂取によって人間の健康を増進させるだけでなく、大量摂取によって人間の認識を変容させ、宇宙航行を可能にします。この原型になったのが、当時のカウンター・カルチャーの起爆剤となったサイケデリック物質であることは間違いないでしょう。スター・ウォーズが代表するベトナム戦争反対と相まって、人間の精神の解放を掲げるカウンターカルチャーの勃興は、1980年代を語る上で外せないポイントです。
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー(2014)とグローバリゼーション
2000年代に入ると、時代の様相はガラリと変わります。世相を反映するスペースオペラも、その影響をダイレクトに受けました。2014年に公開されて大ヒットを記録した「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」はその代表格と言ってよいでしょう。表面的にはユーモアやアクション要素が目立つ本作ですが、皮を一枚捲ると複雑な社会心理が投影されていることに気づきます。
まず目につくのは、各キャラクターが背負っている孤独感の大きさとそのバックグラウンドの多様性です。主人公のピーター・クイルをはじめ、登場するキャラ全員が孤独な過去や心の傷を抱えており、他者との繋がりを求めています。これは、テクノロジーの進化やグローバリゼーションの裏で孤立化を強めるデジタル社会にすむ我々の意識の投影と言ってもよいでしょう。アイデンティティを見失いがちなキャラたちが、家族を超えた絆をチームの中に見出していく様子に、21世紀を生きる我々は元気をもらえるのです。
また、悪役の性質も大きく変化しています。ダース・ベイダーに代表される「帝国主義的ヴィラン」とは打って変わって、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」に登場するロナンやサノスといった悪役は、極端なイデオロギーを持ち、破壊的な行動を通じて「自分にとっての正義」を達成しようとします。この背後には、21世紀に入ってから増加したテロリズムや過激主義の脅威に対する社会不安が見て取れます。
さらに、主人公のピーター・クイルが常に持ち歩いているカセットテープのミックスは、1970年代や1980年代のヒット曲で満たされています。本作の魅力はレトロフューチャーな世界観の美しい描写にあると言えますが、全体を貫くこの懐古主義的な要素は、消費文化による現実逃避や、古き良き過去への郷愁に走りがちな我々の姿を如実に映し出していると言えるでしょう。
さて、ここまで宇宙を描いたスペースオペラ作品における、奥にある社会不安の変化の歴史を簡単に振り返ってきましたが、いかがでしたでしょうか。宇宙映画が当時の人々を取り巻く社会情勢や心理をダイレクトに反映し、さまざまな局面で人々を勇気づけ、社会変革を促してきたという事実を再確認できたのではないかと思います。
次回は、「ファンダムの形成」をテーマに、宇宙映画の歴史を辿っていきます。お楽しみに!